寒い季節になってきましたね。相変わらずのキダです。

 思えば、もう11月。12月31日が締め切りとなっているJ-BOOKS新人賞の締め切りまで残るは2か月となりました。まあ、だからと言って何という事もないのですが、それでも今まで新人賞への投稿を一切してこなかった自分としては20歳という、人生の中に建つ一つの垣根を超えてしまった今だからこそ、何かを残さなくてはいけないと柄にもない焦燥感に駆られたりもするものです。
 焦燥感。言ってしまえばそれだけのことなのです。憂さを晴らすための手段として、自己承認欲求を満たすための手段として、私は小説を用いようとしているのです。これは以前の私とは、全く相いれない考え方でしょう。
 確かに自分の楽しみの、その結果として物語が残るということはきっと素晴らしい事なのでしょう。それこそが、物語のあるべき紡がれ方なのかもしれません。しかしながら、私は今、焦燥感を打ち消すための、浮世を忘れるための水薬として小説を書こうとしている。そのスタンスは間違っているのでしょうか?私はその答えを出すことはできませんし、出そうとも思いません。
 別に、小説でなくてもいいのです。焦燥感を打ち破れれば、確かに自分が前に進んでいるという実感……生きている、火との交わりの中にある自分の実感さえあれば手段は何でもいいのです。資格の取得でもいい、名作を読み漁るのでもいい。
 虎は死んで皮を残し、人は死んで名を残す
 私は別に名を残したいわけではないのです。ただ、近いうちに死んでいくであろう学生としての私を、近いうちに生まれるであろう社会人としての私の中に永久に横たえておきたいのです。私の心の深いところに、学生服を着た私の銘を刻んでおきたいのです。
 この衝動はきっと誰にでもあることなのでしょう。しかし、私の衝動は私にしかないものなのです。この答えを導き出すのは私でなければなりません。だからこんなところにダラダラと長文を書き連ねることはただの労力の浪費に過ぎません。
 だからこの辺りで終わりにしましょう。私も飽きたことですし。