何番煎じかわかりませんが、まあ一応書いておこうということで書きます。
 「VR感覚」という言葉がある。
 これは、ヘッドマウントディスプレイ(HMD)とモーションキャプチャー機器を用いた、いわゆる「VR体験」において、アバターに与えられた刺激をあたかも自身の身体にあたかも自身に与えられた刺激であるかのように錯覚する現象を指す。
 この「VR感覚」については、Google検索でトップに出てきた下記のサイト辺りが詳しいだろうか

 また、「VR感覚」についての包括的なメカニズムに関するReviewとしては既に下記のnoteで触れられているため、本稿では取り扱わない。

 本稿においては、メカニズムというよりは現象論的なものとして、ラバーハンド錯覚から「VR感覚」について考えていきたい。


1.ラバーハンド錯覚とは

 ラバーハンド錯覚とは、自分の腕が見えない状態において、 " 自分の腕があってもおかしくない場所 " に偽物の腕(ラバーハンド:ゴム製の腕)を置き、更にラバーハンドと実際の腕に同時に刺激(棒で押したり、ブラシで撫でたり)を与えることによって、ラバーハンドが実際の腕であるかのように誤認する現象を指す。
 注意したいのは、ラバーハンド錯覚とは単純に ” 自分の体のようなものが刺激される " だけでは成立せず、錯覚を促すような " 実際の身体に与えられた刺激が同時にラバーハンドに与えられている様子を知覚する ” ことによって成立する点である(以下、この最初に与えられる刺激を便宜上「共刺激」と呼称する)。


2.ラバーハンド錯覚と刺激

 さて、「VR感覚」とラバーハンド錯覚が同一の原理からなる現象であると考えた際にまず重要となる問題は ” 他者ではなく自分が与える刺激であっても「共刺激」になるのか ” という点にある。
 一般的なラバーハンド実験では、実験者が被験者に対して刺激を与える。(そもそも被験者の腕が片方固定されているため、ラバーハンドともう片方の手に対して被験者自身が同時に刺激を与えることは困難)しかし、VR体験において「共刺激」が成立するためには、生身の肉体に対する、自分自身に端を発した刺激が必要となる。(仮に手足を動かした際の空気抵抗がこの刺激にあたるとしても、そこには " 自分自身が動いて手足を動かした " という能動的な運動が存在する)

 この点において、2011年の研究では自己刺激であってもラバーハンド錯覚は成立すると報告している。

キャプチャ
上記論文より引用

 この実験では、モニターに映された手の映像を「ラバーハンド」として扱い、モニターに映し出された手の上に、刺激するべき箇所が表示された。そして被験者、あるいは第三者が実際に刺激を行う「ペン先」もモニターに映しだすことで、「ペン先」と指示された刺激点が同一になるように手を刺激した。その後、ラバーハンド錯覚の指標となる項目を評価したところ、第三者が刺激した際より劣る傾向にはあったものの、自分自身による刺激であってもラバーハンド錯覚が生じることが示された。


3.ラバーハンド錯覚と運動
 
 前項では、「ラバーハンド」と実際の腕の共刺激に伴うラバーハンド錯覚について取り上げ、その刺激が自分自身によってなされるものであっても錯覚は成立しうる報告を提示した。
 一方、従来のラバーハンド錯覚は刺激によって「ラバーハンド」と「本物の腕」を誤認する現象であると認知されているが、2009年の研究等によると刺激のみならず、運動によってもラバーハンド錯覚は生じ得ることが報告されている。
※4 Movement and the rubber hand illusion (Dummer et al.) 
 
 この報告では、「ラバーハンド」が実際の腕の動きと同期している様子を体験させた後に、従来のラバーハンド錯覚と同様、「ラバーハンド」を刺激した際に自分の腕にも刺激を感じるか否かを評価した。

キャプチャ
上記論文より引用

 その結果、「共刺激」を伴わない運動だけの動機であっても「ラバーハンド錯覚」が生じることが示さた。
 この報告において注目すべきは、腕を激しく動かした場合とあまり動かさなかった場合では、「ラバーハンドを自分の腕であると錯覚する」身体所有感については差がなかった一方で、「ラバーハンドに与えられた刺激が自分に与えられたように感じる」錯覚は、動きを激しくすることで生じやすくなったという点にある。
 
 従来のラバーハンド錯覚では、ラバーハンドの触覚を感じること以外に、上記の身体所有感の移行(ラバーハンドの位置が自分の腕の位置であるように思えるなど)も錯覚の成立に不可欠な要素であるとしている。その点では、この「運動によってもたらされたラバーハンド錯覚」は従来のラバーハンド錯覚とは異なったものである可能性もある。


4.ラバーハンド錯覚とVR感覚

 「VR感覚」とはなんなのか。未だ「VR感覚」の成立に必要な要素が明らかとなっていない以上、明確なことは分からない。しかし、上に挙げた自己刺激によるラバーハンド錯覚の報告や、運動に伴う錯覚の成立などは「VR感覚」に繋がる点も多いように感じられる。
 
 一方で、ラバーハンド錯覚というものが身体の一部分に着目した現象である一方で、「VR感覚」は身体全体にもたらされる錯覚であるという差異は無視できない。自分の身体の運動に合わせて動くアバターは「ラバーハンド」足りうるものではあるものの、VR世界において自分の視界に映りうるものはアバターの手足のみである。そうした状況において、視界に映ることのない「自分の顔」に触れられる感覚を錯覚しうる「VR感覚」は、視界に映る腕に着目した「ラバーハンド錯覚」とはまた異なった現象とも考えられる。
 
 個人的には、従来のラバーハンド錯覚に視点の錯覚が融合したものが「VR感覚」ではないかとも考えるが、確証もなければ検証する手立てもない。
 本分野における今後の研究の進展が期待される(結びの句)。