ヒッチコックの「鳥」がアマプラに上がっていたので、七年ぶりくらいに見直した感想。
なんというか、七年も経つと作品のとらえ方って結構変わるんだなあと我ながらに驚いたので残しておく。

素人の自己流解釈なので、映画の先生からすれば的外れかもしれないけど許して。

 まあ、こんなブログに行き着いている人間はみんな鳥は観ているだろうから、時系列順にシーンの意義を考えていきたい。


1.バードショップ~ボデガ・ベイへ

 ただの導入以上の意味合いは見いだせなかった。
 あるいは、鳥が襲うという公開情報と、ペットとしていいように扱われる鳥の対比で暴走の原因をミスリードさせてるのかも。


2.カモメに襲われる

 同上。
 あるいは、ボデガ・ベイという田舎に対する不吉さを示す?


3.ミッチの母リディア登場~アニー宅へ(鳥衝突死)

 ここまでで、視聴者の視点は主人公メラニー寄りになっている。
 このシーンの鳥の異常行動はリディアに付随する現象に感じられ、リディアの印象は不吉で良くない雰囲気の人物となる。


4.パーティーでの鳥の襲撃

 ここでも、視点はメラニー寄り。ボデガ・ベイに来たこと、またリディアと出会ったための不吉な現象と捉えられる。

 また同時に、このシーンではリディアが割れたティーカップを集める場面が印象的に描かれる。
 ティーカップは後のシーンでも何度か出てくるが、いずれもリディアの心情に呼応した描かれ方をしている。

 後のシーンで触れられるが、このシーンにおける割れたカップは、亡夫のような心の拠り所の見立てだと思われ、
リティアが精神的に不安定になっているように感じられる。


5.農場でダンの死体を見つける~帰宅

 ここでは映像的な視点はリディアを追っているが、リディアの心理描写がないため、視聴者の視点は中立。
 
 また、このシーンでもティーカップが登場する。
 ここでのティーカップは、リディアが本音を打ち明け、メラニーへの理解を明示することで、わだかまりが一部氷解したことの象徴だと考える。


6.学校~町での鳥の襲撃

 「不吉な出来事」止まりであった鳥の襲撃が差し迫った危機になる。
 登場人物が、普通の鳥の行動の解説をしたり、原因はメラニーだと糾弾することで、視聴者も「鳥の暴走の原因は何か」見つけようとするバイアスが働く。

 鳥の襲撃から逃げるために電話ボックスに駆け込むシーンは有名だが、シーンの意図はわからない。(これまでの生活から隔絶されたことを示唆?)


7.立てこもり

 ここでもティーカップが出てくる。
 リディアがティーカップを片付けることで、メラニーとのわだかまりが完全に氷解したことや、これ以降は、リディアの心境が劇的に変化することはないことを示唆している。


8.メラニー鳥の襲撃~ラスト

 すでにティーカップは片づけているため、リディアは鳥の襲撃に対しても変にヒステリックにならない。
 そして、リディアは、自立しているミッチでもなく、まだ子供のキャシーでもない、メラニーから頼られる存在になった。
 ハッピーエンド



 振り返ってみると、完全にリディアが心を開く物語だったなと感じる。
 パーティー襲撃のシーンでのティーカップの描き方がとても印象的で、どうして前回見ていた時はキーアイテムだと捉えられなかったのだろうとも思う。
 
 また、ティーカップとは別に、タバコも鳥の襲撃に紐づいたキーアイテムになっている気がするが、どうにも解釈できなかった。残念。

と、いうことで、思うことをただただ書き連ねてみた。